日々の暮らしの覚え書き。
by midori0524
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カテゴリ:本&映画&アート( 47 )
おとなの味
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この連休は新しい本と一緒に大好きな本を何冊か読み返す。




何度も何度も繰り返しページをめくる本のひとつが平松洋子さんのエッセイ。
はじめて読んだ彼女の本は「平松洋子の台所」
もう10年近く経つのにいつまでも色あせる事なく
むしろ、自分も年齢を重ね、
日々の生活の中にしっかりと軸を置き始めたら
彼女の言葉により強く共鳴するようになった。


特に好きなのは「おとなの味」という本。
ただしくは、この本のまえがきにあたる「わたしの味」という文章が大好きなのだ。

当たり前の日常の中にある、ほんの些細な風景が
五感を通して映し出されるとこんなにも美しい光を放つのか、と
ひどく驚き、感動を覚える。
そして、その光が自分の中にも既にあることに気づき
しっとりと重なってゆくのがとても心地よい。


  昼寝から覚めると、かならずつめたい麦茶を飲んだ。
  コップに氷を二つ三つ、そこに薬缶で似だした麦茶を
  母が注いでくれると周囲がみっしりと水滴をまとう。
  しばらくがまんしてから指を当て、きゅっとこすって
  透明な窓をつくる。それが麦茶を飲み干すまえの決めごとだった。



彼女の日常に漂うしあわせな時間。






by midori0524 | 2011-01-10 23:57 | 本&映画&アート | Trackback
抱擁、あるいはライスに塩を
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  半分まで読んで、少し温めていた本を一気に読む。

  江國香織さんの新刊「抱擁、あるいはライスには塩を」

  ここ最近の彼女の作品の中ではダントツにすばらしいと思う。


  「三世代、百年にわたる『風変りな家族』の秘密」。

  とある大家族の100年について
  様々な登場人物の立場と時代、年齢から
  それぞれの「今」が語られていくのだけれど
  最初の章でふわりと出来上がったある家族のイメージが
  ページをめくる度に、広がり、深まり、覆され、
  そして愛おしくなる。

  この家族はどこか風変わりなのに
  とても共感できるのはなぜだろう。




  江國さんの紡ぎだす世界は美しい。
  あらためて、そうしみじみ思いながら本を閉じる。

  おやすみなさい。







by midori0524 | 2010-12-12 01:47 | 本&映画&アート | Trackback | Comments(4)
どんぐり姉妹
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  今週買った本たち。



  子供が生まれてからまとまった時間がなかなか取れないけれど  
  それでも、新しい本、繰り返し読む本含めて週に3〜5冊のペースで本を読む。

  一冊ずつ読み終わってから次へ、というよりも
  数冊を平行して読んで行くことが多い。

  その時の気分にあったものをバッグに入れたり
  お風呂の中へと持ち込んでページをめくる。

  だから、新しい本はまず最初の数ページにさーっと目を通して
  その中に流れるリズムや匂いを確かめる。

  そうすれば、一番必要なタイミングで
  その本に手を伸ばすことができるから。

  

  今週は「どんぐり姉妹」「マボロシの鳥」「あ・うん
  そして、インナーチャイルドに関する本を。

  最初に読み終わったのは「どんぐり姉妹」。
  よしもとばななさんの新刊。

  ボリュームも少ないのでお出かけの行き帰りで
  読んでしまったのだけれど
  時々、ページをめくるのがもったいなくなるほど
  言葉や表現が美しい本だった。

  全体を通して死に関する出来事がキーにはなっているのに
  なぜかのんびりとしたあたたかいものが流れていて
  読みながらやさしい気持ちになってくる。

  そして、この世界のベーシックなもの
  シンプルで大切なことが根底にあるから
  共感、というよりももっと深く共鳴するような感じがした。

  きっと繰り返し読む大切な一冊。


  あっ、と思った文章。

    姉も子どもの頃の顔をして言った。
    子どもの頃、よくこの顔を見たなあ、
    遠くを見るような目をして、ぽかんとしている顔。
    長女の顔だなあ、と私はずっと勝手に思っていた。
    私は姉を見上げればいいけれど、
    姉は親を見上げても答えがない場合がいっぱいある。
    彼らは子どもじゃないから、わかりあえない。
    自分だけで考えなくちゃ、でも今は考えられないの、
    そういう感じの顔だった。




   「どんぐり姉妹」よしもとばなな









by midori0524 | 2010-12-03 09:35 | 本&映画&アート | Trackback | Comments(4)
メモ*呼吸
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今日読んだ本のメモ。


  「息」という字は自らの心と書いて息と読みます。
  あなたの息は心の状態を表しています。
  息を調えて心を穏やかにやすらかにしましょう。
  人の命は息のしかたで決まります。


    *


  吸って吐くから 吐いて吸うへ。
  深呼吸は息を吸ってから吐くやりかたです。
  呼吸法は吐いてから吸うやり方。
  違いをひとことでいうと、「胸」と「腹」の違いです。

  呼吸は文字通り、吐いてから吸うことをいいます。
  吐く方が先で、胸が主導権を握っています。



    *



  人は心の中で考えたとおりの人間になります。

  物事にはすべて原因があり、結果が生じるのです。
  原因は見えない世界、結果は見える世界。
  見えない世界は四次元、見える世界は三次元。
  これを人間におきかえますと、原因は見えない心です。
  心で思ったこと考えたことが、時間がたって結果として現れる。
  心の中でまかれた種がつぼみとなりやがて実となるというわけです。



「息」は自分の心という言葉に、ほ〜と唸る。
昔のひとって物事の本質をきちんと分かっている。
そして、なんでいままで気づかなかったんだろう。
ぼんやりだな、自分。


そして、因果の法則はこどもにも伝えていること。
いい種をまくといい結果が生じる。
悪い種をまくと悪い結果が生じる。

その種は目に見える行動よりも
目に見えない想いの方がずっと力を持っているということ。
だから常に自分の想いにフォーカスするのがとても大事。

これって、映画のインセプションの深いテーマと繋がる。
潜在意識に埋め込まれたものが現実の世界へ転送されていく。

とてもシンプルな仕組み。

by midori0524 | 2010-10-09 00:58 | 本&映画&アート | Trackback
Dalai Lama
今日もプールへ。
室内の温水プールなのに少し前の時よりも
ひんやりと感じるのは賑やかに泳ぐ子供たちの姿が
ぐっと少なくなったから?

プールの後は、マックのハッピーセットと娘の大好きなコース。
娘は元気いっぱいで帰ったらなにして遊ぶ?というのだけれど
私はもう眠くて、眠くて。

アイスコーヒーを飲みながら思うのは、お昼寝のことばかり。
遊ぶことなんて考えられないよ。


でも、大きな口を開けてピクルスとマスタードを抜いたハンバーガーを
真剣な顔で一生懸命食べている娘を見ていたら
なんだか突然胸がきゅんとなって「かわいいね」ってつぶやいてしまった。
娘は突然の愛の告白に少し戸惑いながらもうれしそうに少しだけ頷いた。


家に帰ってきてから、パズルがしたいという娘を
無理矢理抱きしめてソファにごろん。

あっという間に、気持ちのいい夢の世界に。



ゆっくりと目覚めたあとは
まだ眠る娘の横で本をめくる。

いつも大切な言葉と出会う本を。



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     人から愛され、人を愛するとき、
     それがいかに心地よいか、

     そして逆に怒りや憎しみが心に満ちると、
     いかに居心地が悪いか観察してみましょう。




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     他人の何千もの欠点に目をつけるより、
     自分の唯一の欠点に気づく方がよほど役に立ちます。
     自分の欠点なら、
     わたしたちは自身をもって修正できる立場にあるからです。




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     知識だけを与えて思いやりを教えなければ、
     おそらくその子は自分より上の立場の人には妬みを、
     自分と同等の人には激しい競争心をおぼえ、
     自分よりも恵まれない人には
     軽蔑の念を持って接することになるでしょう。




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     複雑な哲学も、教義も、教理もいりません。
     わたしたち自身の心が寺院です。
     思いやりが教義です。












by midori0524 | 2010-09-18 16:30 | 本&映画&アート | Trackback
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お風呂で本を読んでいた。
田辺聖子さんの「休暇は終わった」を。


  彼にはあんまり定見なんてものがなくて
  どっちにでもころびそうな感じ、
  私は正直にいうと、そこが類の好きなところである。

  要するに類は、何もかもまだホンモノになっていないのだった。


8つも年下の彼とつきあう彼女からみた彼の描写が
うんうん、わかるなぁとくすりと笑ってしまう。




  コンコン

お風呂のドアをノックする音。オットだ。

  はーい?

と返事をすると

  遅いから寝ちゃってるのかと思って。
  本読んでるの?だったら、いいけど。

って。



いつもひとりでお風呂に入るときの長さと
さほど変わらないんだけどなーと思いつつ
心配して様子を見に来てくれたことが単純にうれしくて
急いで本を閉じて、お風呂をでた。


そして、ソファでおかしを食べながら
テレビを見ているオットの隣で
少ししわしわになった読みかけの本を、再び開いた。


そういえば、実家の父も母がお風呂に入ってる時に

  かあさーん。大丈夫かー。

って声をかけることがたまにあったなあと
その懐かしい声がそのまま頭の中に浮かんだ。

家族っていいものだな、という想いとともに。




by midori0524 | 2010-09-11 23:39 | 本&映画&アート | Trackback | Comments(2)
暮らしのヒント集
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ぱらりぱらり。
お風呂の中でページをめくった今宵のお供は「暮らしのヒント集」

   ここにならんでいる いくつかのヒントのなかで
   ふと目についた項目を 読んでみてください。
   たぶん、ああそうだった ということになるでしょう。

   しあわせな暮らしとは、目に見えない心持ちや、
   ちょっとした工夫、やさしさ、ていねいさです。


帯に書いてあることばの通り
この本をはじめてひらいたときに

 ああ、そうなの

とひとり大きくつぶやいてしまった。


まいにちの暮らしのなかでしあわせに思うこと、
ひょっとすると思うところまでいかないくらいに些細なこと。
でも、どこかでしっかりと感じている大事なことが
この本の中にはたっぷりと散りばめられていて
私の毎日はそういうもので出来ているのだということに
あらためて気づかされたのだっけ。




そして、この本を手にする度に
なんでもない毎日や
今この瞬間が特別なのだ、と思える。

このささやかな瞬間に想いを込めることが
できるなんてすばらしいな、と思える。





by midori0524 | 2010-07-30 01:10 | 本&映画&アート | Trackback | Comments(2)
「自宅ではじめるちいさな料理教室」
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お友達にいただいた素敵な本。

先日の野菜料理とお菓子の教室「toricot」も載っている
「自宅ではじめるちいさな料理教室」

10人の方が主催している料理教室が紹介されていて
お料理教室だけではなくお菓子やパンや紅茶の教室とその内容はいろいろ。

でも、共通しているのはタイトルにあるように
自宅教室であるということと
小さな規模で行っているということ。

この本の中の一番大所帯の教室でも一回の定員が8名でした。


どんな教室か、というよりも
それぞれの教室の裏にあるストーリーがそれぞれとても興味深くて
いろいろな経歴を持った人たちが「先生」になるまでの悩みや苦労をはじめ
その一歩を踏み出すときの具体的なプロセスや
沢山の経験から得られた大切なもののたちの話に惹き込まれていきます。





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先日のレッスンの生徒さんも5人で
赤城先生もこれくらいの人数が目が行き届いてやりやすいと
おっしゃっていたのだけれど
受講する側としてもとても心地よい人数でした。

ちょっとした質問もしやすいし
全員の顔を見ながらゆっくりとおしゃべりも出来る。

一緒に過ごすひとつのまあるい空気に
みんなが同じ温度で触れることができる、そんな感じ。




後半には「自宅教室を始める前に」という
HPの作り方や先生達の具体的なアドバイスもあって
いつかは、と思っている人にもお勧め。


小さな教室に行きたい人にも始めたい人にも
楽しい一冊だと思います。



LINK
「自宅ではじめるちいさな料理教室」ソニーマガジンズ




おまけ。

この本の表紙のコーヒーポット。
toricotで使っているものでフィンランドのFINELという
ブランドのアンティークのもの。
カモメ食堂でも使っていたものです。
かわいいなー。


フィンランド FINELフィネル コーヒーポット
by midori0524 | 2010-05-20 05:45 | 本&映画&アート | Trackback
ことばにふれる
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自分の読む本は図書館で借りることは滅多にない

理由は、いつでもどこでも読むから。
お風呂で読めばふにゃふにゃになること必須だし
ベッドの中で読むときには知らない人が触った本、と思うと
なんだかちょっぴり気になる。

そして、一番の理由は
ふとページを開きたくなったときに
いつでも手の届く所にあってほしいから。

その想いはいつやってくるのかわからないし
全部を読み返したくなる訳でもない。

ほんとうにたったひとつの言葉を
指先と目で触れたくなるのだ。

いま、この瞬間に。






好きな作家のひとりにおーなり由子さんがいる。

私の中では、りぼんの漫画家、だったのだけれど
いつの間にか絵本作家へと活動をシフトしていたらしい。

そして、今はいろいろな本を出していて
どれも日常の中にある瞬間の風景や想いに
美しい色や香りが寄り添った言葉に溢れている。


手元にある本の好きな部分をちょっとピックアップ。


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「365日のスプーン」

  4月5日

  あたらしい靴の ためしばき。
  ごつん、ごつんと 家の床を うれしくあるく。

   *

  5月13日

  カメラ日和。
  見なれた景色の写真を撮る。
  できるだけ、気にもとめないものをえらんで。

  たとえば、マンホール。
  電球、コンビニ、ちらかった机、駅の地下道、つり革、すいがらいれ、
  かなあみ、自分の足、じめん、裏庭、横断歩道などー

  フレームに切り取ると、いとしく思えるものを
  見つけて歩く。

   *

  6月9日

  雨をてのひらで うけてみる。



  ※365日、毎日毎日のちいさな計画がかわいい。




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「花のうた」


  かみさまが ケガをして
  ぐるぐるまきの
  包帯のかたまりのまんなかを
  ゆびでぎゅっと おしたら
  できたのがラナンキュラス

  にじんだ紅色は
  かみさまのケガのあと

  やさしくて てあてしたのは
  ラナンキュラス

  いいことしたからお花になった
  
  そんなこともだまっている
  ラナンキュラス


   *


  ほんとうのことは
  なんにもなくて
  ぜんぶあるのが
  ほんとうのこと
  



  ※花を美しいと思うのは、いろいろな花の中に自分のココロをみるからかもしれない。




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「幸福な質問」

   ねえ もしも
   もしも
   明日の朝 おきたら
   わたしが 真っ黒なクマに
   なってたら
   あなた、どうする?

   そりゃあ びっくりするな
   「ぼくを食べないで」って言うよ
   それから
   朝ごはんに なにが食べたいか
   きみにきいて、用意してあげる
   やっぱりハチミツ、好きかな?



   ※ワンコのカップルの他愛無く幸せな質問。ただ大切な人がいるということに幸せを感じる。





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「ひらがな暦 三六六日の絵ことば歳時記」


  五月二十六日 ねがえり

  夜中に寝がさめて、なんどもねがえりをうつ。
  目を閉じたまま、風の音を聞いている。
  まぶたごしでも、外があかるくなってきたのがわかる。
  あの、「朝がきた」と、思ったとたん
  ホッとしてねむくなるのはなんでやろう。
  この頃は、朝があかるくなるのも、早くなってきました。

   *

  六月二十三日 タオルケット

  タオルケットを出したら、さらさらとやわらかで気持ちよくて、思わずほおずり。
  そのまま、昼寝にさそわれていく。
  ねむってるうちに、ぐるぐると、私にまきついてくるタオルケット。
  あっちに、こっちに、寝返りをうちすぎたときには、
  「そっちへいっては、だめ!」と、ぎゅうっと、しめつけてくる。
  ねぞうの悪い私を、ひきとめるように。
  おせっかいなのが、たまにきず。



  ※毎日のくらしの中にある、季節の移り変わり。そうそうそう、とうれしくなる歳時記。




by midori0524 | 2010-05-18 20:49 | 本&映画&アート | Trackback
メモ*今ここ
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ここの所、シンクロやいろいろな形で繰り返し届くメッセージは

「今、ここ」を意識するということ。

ずっと大切にしていたことだけれど
あらためて心に留めておきたいこと。

ある本にはこんな書き方がされていた。


  私たちは、そのまま素直に受け取れないし
  ためらいなく手放せないのです。
  常に損得勘定が働き
  出来事を疑い
  いろいろな状況を頭の中で設定し
  過去のことや未来のことまで現在に巻き込んで
  こんがらがって即答できません。
  達観した人は、過去にも生きないし
  未来にも生きていない 
  いまここの瞬間に生きる人です。
  だから過去に起きたことの後悔もないし
  未来の不安もないのです。
  とてもシンプル、究極の「今を生きる」生き方です。


別の本ではアラインメントの話の中で。

  その時の状況に応じて人体の各部位がちょうどよい位置にある
  というのがアラインメントが整った状態です。
  これもまたライト・タイム、ライト・プレイスですね。
  不要な心配をやめて、「頭寒足熱心安らか」な状態にすれば
  ものとしての体のアラインメントは整うのです。

  〜中略〜

  それは自分が「正しいとき、正しい場所に、正しい仕方でいる」
  ということをまず確認するというか、断定することだと思うんです。
  ライトタイム、ライトプレイスですね。
  今ここを肯定するということからでないとなにもはじめられない。



そして、今ここをきちんと生きるためには
頭ではなく心で感じることを大切にしなければならない。

というか、感じること心を開くことが
どういうことなのか分からないひとも多いように思える。

頭は不安を感じる部分。

リスクヘッジは得意だし
それによって様々なことが発達したのは事実。

でも、それを優先し続けていると
自分が描いたブループリントを
生きることはできないと思う。


そして、そこに必要なのはやっぱり自己受容。


今ここで自分の心が本当に喜ぶことを。
それは、決してエゴではなく
他者への愛にも繋がる絶対的なものだから。
by midori0524 | 2010-02-06 23:27 | 本&映画&アート | Trackback